オーグロ慎太郎の「新・夜明けのない朝」

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「カポーティ」(2005)

Capote

前評判の良さはなんとなく耳にしていて、きっとかなり重くて冷淡な内容なんだろうなぁ、と心の準備をしていたんですが。たしかに人間の非情を描いてはいるものの、淡々と、そして静かな映画でした。ニューヨークの摩天楼の華やかさと、カンザスの平原の風景が対称的でしたね。

フィリップ・シーモア・ホフマン演じるトルーマン・カポーティは喋りかたといい、立ち振る舞いや外見、まるで幼児がそのまま大人になったよう。著名人が集まるパーティの席で、自分に関心を向けようと、ジョークをまくしたてる様など、ホントに子供。そんなカポーティが栄養失調の死刑囚のペリーに、離乳食を食べさせようと頑張るシーンは、どこか滑稽でした。

カポーティとペリーの間に生まれた奇妙な愛情。僕がカポーティがとった行動にほとんど憤りをおぼえないのは、彼自身も気の毒な男に感じたから、かなぁ。コンプレックスのかたまりのような人間が、なまじ文才が人並み以上だったために、のしかかる焦り、プレッシャー。世間をあッと言わせる作品を書かなければいけないという強迫観念。そこに善悪の葛藤がはいりこむ隙間はどれほどあったのだろう。最後にカポーティが目の当たりにするクライマックスは、僕には自業自得の罰というより、彼にとってなにか特別な儀式、もしくは通過儀礼のように映りました。

070223