「ザ・ファイター」(2010)
ボクシングをテーマにした映画といえば、サクセス・ストーリーの定番だけど、今作の主人公・ミッキー・ウォードの場合、勝利をおのれのためにつかみ取るのではなく、まるで寄生虫のような家族に強いられている(タカられている)ところが特殊。実際これは家族についての映画であり、拳のぶつかり合いの躍動感はそれほど記憶に残らない。貧しいローウェルの街にどっぷりと漬かり、母親と異父兄に振りまわされるミッキーは自己主張がとぼしく、彼が自信と才能を開花する様を観るには、観客は映画の中盤まで待たなければならない。
今作でアカデミーの助演賞を獲得した異父兄役のクリスチャン・ベールと母親役のメリッサ・レオ。それぞれ見事な怪演っぷりを披露してくれる。とくに麻薬中毒者に挑んだベールの役作りは、かつてのロバート・デ・ニーロを彷彿させる徹底ぶりで、言い方を変えれば、誰の目にも分かりやすい熱演。では、あまり自己主張をせず、控え目な男を演じたマーク・ウォールバーグが割を食ってしまったのかというと、さにあらず。静かに、ジワジワと闘志が伝わる渋さ。この映画自体、底辺につねに静謐な空気が漂っている。そのため、レッド・ツェッペリン、エアロスミス、ローリング・ストーンズといった、やかましい70年代ロックが、個人的にはあまり馴染んでいない印象をうけました。